部屋を移ったあとで、何をしに来たのかわからなくなる。そんな話と結びつけて紹介されるのが、「ドアウェイ効果」です。

今回気になった論文は、2026年1月に公開された「Walking through doorways helps remembering, but not for long」という研究です。

先に結果を書くと、部屋を分けて単語を学んでも、全体としてよく思い出せるようになったとは確認されませんでした。一部の条件では、学習の境目にある単語の成績が良かったものの、別の実験では逆方向の結果が出ています。

私の経験上、出来事の区切り、つまり「イベント境界」をうまく利用すると、記憶しやすいイメージがあります。この研究でも、出来事の区切りを利用して情報を扱いやすい単位にまとめることが、記憶を助けるのではないかという考えが背景にあります。

ただ、人にイベント境界と認識について説明してみると、同じ言葉でも、思い浮かべている条件が私とは違うように感じることがありました。

そこで気になったのが、この研究では具体的に何をイベント境界として扱い、何を測って「記憶が良くなった」「忘れた」と言っているんだろう、ということです。

20語を、同じ部屋か二つの部屋で覚える

参加者が移動したのは、自分のパソコンの画面に表示された仮想空間です。実際の部屋を歩いたり、VRのヘッドセットを着けたりしたわけではありません。キーボードとマウスで移動しました。

課題では、二つのテーブルで英単語を10語ずつ、合計20語学びます。単語は一つにつき1秒ずつ提示されました。

比べたのは、二つのテーブルが同じ大きな部屋にある場合と、最初の10語を学んだあと、ドアを通って別の部屋で残りの10語を学ぶ場合です。

同じ部屋の条件でも、テーブル間の移動と単語提示の中断はあります。学習場所の間を移動する距離もそろえられていました。

そのあと、どちらの条件でも別のテスト室へ移り、覚えている単語を自由に入力します。選択肢から選ぶのではなく、自分で思い出して答える「自由再生」という課題です。

参加者はこの学習とテストを12リスト分行い、二つの条件をそれぞれ6回経験しました。実験1の参加者は41人、実験2は240人で、いずれも米国のノートルダム大学に所属する18~22歳の学生でした。

よく思い出せたのは、限られた条件だった

研究では、20語全体だけでなく、前半の最後に出た10番目と、後半の最初に出た11番目の単語に注目しています。学習場所の切り替わりを挟む、この2語をまとめた成績を調べました。同じ部屋で学ぶ条件でも、同じ位置の2語と比べています。

実験2では、学習後に追加の部屋を挟まず、テスト室へ向かった80人について、この2語の成績が、部屋を分けて学んだ条件で有意に高くなりました。

ここでいう「追加の部屋がない」は、移動やドア通過がないという意味ではありません。学習を終えた部屋から、テスト室へは移動します。

ただし、残りの18語では改善が確認されず、全体としての改善も確認されませんでした。「20語をよく覚えられた」とまとめると、結果を広げすぎてしまいます。

さらに、実験1では同じ境目の2語について、部屋を分けた方が成績は有意に低くなっていました。実験2の一部の改善だけを取り出して、安定した効果として受け取ることは難しそうです。

また、この研究では、単語をどのくらい思い出せたかに加えて、思い出す順序も分析しています。前半の単語同士、後半の単語同士をどの程度続けて答えたかを見る「ARCスコア」という指標です。回答の順序から、単語をまとまりごとに思い出す傾向を間接的に調べています。

この指標でも、部屋を分けることで、前半・後半ごとのまとまりが強まるという一貫した証拠は得られませんでした。

部屋の区切りと、個人の扱える認識の単位

ここから、私は個人的な理屈としてもう一つ考えました。

「部屋単位」という第三者にも数えやすい客観的な単位と、「個人の扱える認識の単位」という主観的な単位。この二つの単位がどう重なるかによって、記憶のしやすさに違いがあるのではないか、ということです。

著者らも考察の中で、パソコン画面上の仮想空間では、参加者が環境に十分没入せず、部屋の切り替わりの影響が小さかった可能性を挙げています。さらに、学ぶ材料が単語リストだったことや、情報を二つのイベントにしか分けなかったことも、効果が限られた理由の候補にしています。

こうした考察を読むと、外から設定した部屋の区切りが、そのまま個人の扱える認識の単位になるとは限らないのかもしれない、と思いました。

ただし、個人ごとの認識の単位と、実験で設けた部屋の区切りがどう重なっていたかは、今回の研究で直接確かめられたことではありません。原著者の考察を読みながら、私自身に残った疑問です。

「長続きしない」は、どこまで確かだろう

論文の題名には、「長くは続かない」という言葉もあります。

実験2では、学習する部屋とテスト室の間に、別の部屋を挟む条件も設けています。追加の部屋が0室、1室、2室の三つで、それぞれ別の80人が参加しました。同じ人の記憶が、部屋を通るたびにどう変わるかを追ったわけではありません。

図を見ると、追加の部屋が多い条件ほど、境目の2語に見られた「部屋を分けて学ぶ利点」が小さくなっています。著者らは、改善が弱まる、長く続かないという解釈をしています。

ただし、その利点が追加の部屋数によって変わったかを直接調べた分析では、有意な結果は得られていません。

ある条件では差が有意だった。別の条件では、はっきりしなかった。それだけでは、条件間で効果が変わったことまで確認できたとは言えない、ということです。

そのため、「次の部屋を通ると改善効果が消える」とまでは言えません。一方で、効果が弱まる可能性そのものが否定されたわけでもありません。

また、部屋を追加すると移動量や経過時間も増えるので、部屋の境界だけの影響とも切り分けられていません。

思い出せないことと、記憶が消えること

ここで、もう一つ分けて考えたくなりました。

今回、記憶の成績として測ったのは、提示された単語のうち、テストで正しく思い出して入力できた割合です。思い出す順序も分析されていますが、答えられなかった単語が頭の中でどうなっていたのかを、直接調べたわけではありません。

最初から十分に覚えられなかったのか。覚えた内容を保つ間に変化が起きたのか。それとも、思い出すための手がかりがうまく働かなかったのか。

こうした違いは、今回の成績だけでは分けられません。研究の中で「忘却」と呼ばれる成績の低下も、そのまま「記憶内容が消去された」という意味にはなりません。

逆に、「記憶は完全に残っていて、取り出せないだけだった」と決めることもできません。

たとえば、答えられなかった単語でも、別の手がかりがあれば思い出せるのだろうか。元の部屋に戻ったら、成績は変わるのだろうか。

これは今回の結果から出てきた疑問です。この研究で、その条件が試されたわけではありません。

パソコン上の仮想空間で英単語を学ぶ課題から、日常の用事を忘れる仕組みや、長く使える勉強法まで、そのまま結びつけることもできません。今回の結果を、部屋を移りながら勉強すれば記憶力が上がる、という方法として受け取ることはできなさそうです。

部屋を移ると「記憶が良くなるか、悪くなるか」だけでなく、実験で設けた客観的な区切りと、個人の扱える認識の単位はどう関わっているのか。

どの条件で、何を、どんな答え方で測ったのか。そして、答えられなかったことから、頭の中についてどこまで言えるのか。

今回は、そんなところが気になったニュースでした。


※この研究は事前登録されていません。また、原著1694ページには「部屋を分けるかどうかの主効果なし」としながら、整合しない統計値「F(1, 237) = 1.81, p = .01」が記されており、どの箇所が誤記かは確定できないため、本記事ではこの記載を全体的な改善の根拠にしていません。

参考:Crockett, N. A., Parra, D., Doolen, A. C., & Radvansky, G. A.(2026)“Walking through doorways helps remembering, but not for long.” Memory & Cognition, 54, 1688–1699.
論文を読む(オンライン公開:2026年1月9日)